文學と政治主義の書評




産經新聞 平成九年十二月七日 ◆斜斷機「我々の"宿痾"」

 世評高い徳岡孝夫さんの『五衰の人−三島由紀夫私記』(文藝春秋)を讀んだ。(中略) 徳岡氏は三島がいつ死の覺悟をしたのかを樣々な角度から推理し、「十一月二十五日」當日に至るまでを丹念に再構成してみせる。そして「死ぬこと、ただ死ぬことのみが、あの日の彼の目的だつた」と結論する。(中略) ところが松原正さんの「三島由紀夫−『知行合一』の猿芝居」(『文學と政治主義』、地球社)なる、これ以上はない痛烈な三島批判に接すると、贔屓の感情も宙に迷ふといふのが正直なところである。 松原氏は著名な三島論の迷妄を悉く切つて捨て、自分をしか愛せなかつた三島には天皇も日本國も自衞隊も利用の對象でしかなかつたと斷言する。そして自己愛からは駄作しか生まれぬ所以を證明する。 「政治と道徳を峻別しない文化」即ち「藝術至上主義も政治主義も我々の宿痾」であり、その宿痾たることを身をもつて示したのが三島なのだが、それを理解しないでは「三島の自害は犬死になつてしまふ」といふのである。(海)





『文學と政治主義』へ
 
トップページへ